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東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)47号 判決

原告

上田文次

原告

瀧山信男

右原告ら訴訟代理人弁護士

市川昇

佐々木一彦

被告

田畑健介

右訴訟代理人弁護士

松井康浩

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、東京都練馬区に対し、金七四〇四万円及びこれに対する昭和六〇年一一月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、東京都練馬区(以下「練馬区」という。)の住民であり、被告は、同区長の職にある者である。

2  本件土地の無償貸付の実施

被告は、練馬区長として、同区議会の昭和六〇年三月二二日付け議決(以下「本件議決」という。)を経て、昭和六〇年五月一〇日、社団法人練馬区医師会に対し、同区の所有する同区光が丘二丁目二五番一一宅地9513.72平方メートル(以下「本件土地」という。)を同医師会立病院建設用地として無償で貸し付ける契約を締結した。

3  本件土地の無償貸付の違法性

本件議決は、以下のとおり、違法無効なものであるから、これに基づく本件土地の無償貸付も違法無効である。

(一) 地方財政法八条及び地方自治法二三七条二項違反〈省略〉

(二) 本件土地の無償貸付の不当性

(1) 練馬区の財政は、公債費比率が高く、公債償還額が区の財政を圧迫しているなど困窮した状態にあるが、このような時期に同区が二五億三六〇〇万円で取得した本件土地を無償で貸し付けることは、区の財政の健全性を害するものである。

(2) 練馬区医師会の作成した本件病院の建設計画によれば、同病院は、第一期計画として一五九床、第二期計画として三〇〇床を設置する予定であるところ、同計画における収支予測によると、第一期工事については、一四年目に剰余金が借入金残高合計を上回り、第二期工事については、四年目に剰余金が借入金残高合計を上回る予定である。

本件土地に病院誘致を公募したとすれば、同区の医療需要(人口六〇万人の区内に公立病院、大学病院などの公的総合病院がない。)に鑑み、相当な地代を支払つても進出を決定した病院があつたはずである。特に本件土地は、公営住宅建設中の光が丘地区にあり、同住宅が完成した場合、同地区の住民は四万人を超え、これだけでも大変な医療需要が生じる。

よつて、本件病院は、本件土地を無償で借り受けなくても十分採算のとれる事業である。

(3) 土地貸付を無償とすることは、無償貸付による利益が練馬区及び本件病院のいずれの予算会計にもあらわれず、同区にとつては隠れた補助金の支出、同病院にとつては隠れた収入となり、同区の予算及び同病院の会計の公正さ、明瞭さを著しく害する結果となる。

(4) 以上のとおり、本件土地の無償貸付は、練馬区財政の健全性を害するのみならず、練馬区医師会に対して不当に利益をもたらし、本件病院経営の合理化、効率化を妨げるものであるから、同医師会に対し本件土地を病院用地として貸し付けるにしてもこれを無償とする必要はなく、相当な地代をとるべきことが明らかであり、仮に地代をとる結果、病院経営が苦しくなつたとすれば、その都度、議会の議決を経て、必要な範囲で補助金を支出すれば足りるものである。よつて、本件議決は違法無効である。

(三) 議決手続の瑕疵

練馬区議会は、昭和五九年一〇月、本件病院開設計画について承認したが、あわせて、同計画に対する議会としての意見、要望及び問題点については今後とも十分に審議することを決定した。

しかるに、本件議決は、一部会派(社会党)の反対にもかかわらず、これを押し切つて多数決によりなされたもので、右議決に反し、違法無効である。

4  本件土地の更地価格は金二六億九二三八万円、その賃料相当額は月額金一二三四万円であり、被告は、昭和六〇年五月一〇日本件土地を貸し渡したので、練馬区は本件土地の無償貸付により、同貸渡日から昭和六〇年一一月九日までの間に賃料相当損害金として金七四〇四万円の損害を受けた。

5  原告らは、昭和六一年二月三日、右損害の賠償を求める旨の監査請求をしたが、同年三月三一日却下された。

6  よつて、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、練馬区に代位して被告に対し、本件土地の無償貸付により同区が被つた前記損害に対する賠償金七四〇四万円及びこれに対する昭和六〇年一一月一〇日から支払ずみまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3について

(一) 〈省略〉

(二) 同3(二)について

(1) 同3(二)(1)について

財政の健全性とは、一般的には、単年度の収支均衡を保持し、さらに長期間を展望しての財政変動に耐えうる弾力性ある財政を確立して、住民福祉の増進に寄与する財政のあり方をいうのであつて、財政の健全性についての原告らの主張は一面的であり、原告らが公債費比率のみをもつて健全性の指標としているのは誤りである。

財政の健全性の指標としては、通常、実質収支比率、経常収支比率、公債費比率等の三つがあげられるが、練馬区の財政は、いずれによつてみても健全である。

(2) 同3(二)(2)のうち、本件病院は本件土地を無償に借り受けなくても十分採算のとれる事業であるとの事実は否認する。

(3) 同3(二)(3)の主張は争う。

(4) 同3(二)(4)の主張は争う。

練馬区は、公的病院の経営が困難であることから、本件病院に対していかなる優遇措置をとるかについて、議会、執行機関ともに十分検討した。その結果、原告ら主張のような補助金政策をとつた場合は、結局病院経営が区財政に依存することになりかねず、経営の早期健全化をはかるゆえんでないので、同政策をとらず、敷地は無償で貸与するが、その余はすべて自前でやらせ、いかなる援助もしないこととし、経営の監督については、医師会との契約によつて区民に公開し、病院側は区民の意向を尊重して経営に当たることとして補助金給付の場合以上の監視ができるようにするという政策をとつたのである。

これら何れの政策をとるかは立法裁量、行政裁量事項であり、その判断は司法審査になじまない。

(三) 同3(三)について

昭和五九年一〇月、原告主張の内容の議決がなされたこと、本件議決が多数決によりなされたことは認める。

原告は、本件土地の無償貸付を議会が多数決によつて決したことを非難しているが、議会の意思は最終的には表決で決するのは当然である。本件土地無償貸付議案は、昭和六〇年第一回練馬区議会定例会において同議会の常任委員会である企画・総務委員会に付託・審査され、同年三月二二日の同議会本会議において起立採決の結果、出席議員五六人全員、賛成四八人、反対七人(議長は採決に加わらない。)で可決確定した。その間審議を尽くしているのであつて、何ら違法はない。

4  同4の事実は否認する。

5  同5の事実は認める。

三  被告の主張

被告は、特段の事情がない限り、議会の議決に拘束され、これを誠実に執行しなければならない。本件契約の締結は、その執行としてなされたものであるから何ら違法はなく、被告が個人として責任を問われる理由はない。

四  被告の主張に対する認否及び反論

被告の主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2の事実、同3(三)のうち、昭和五九年一〇月、原告主張の内容の議決がなされた事実及び本件議決が多数決によりなされた事実並びに同6の事実は、当事者間に争いがない。

二議決の適法性と執行行為の適法性との関係について

原告らは、本件議決が違法、無効であるから、被告のした本件土地の無償貸付は違法である旨を主張し、他方、被告は、区長は特段の事情がない限り区議会の議決に拘束され、これを誠実に執行しなければならないから、本件議決の執行としてなされた本件土地の無償貸付には違法はない旨を主張する。

地方自治法二四二条の二第一項四号前段の職員個人に対する損害賠償請求は、職員の地方公共団体に対する不法行為に基づく損害賠償責任の履行を住民が地方公共団体に代位して求めるものであるから、そこで問擬すべきは、地方公共団体との関係における職員の行為自体の違法性であり、言い換えると、当該職員の立場においてされた当該行為が、地方公共団体に対する違法行為になるかどうかの問題である。

そして、地方自治法九六条一項六号は、条例の定めがある場合を除いて、財産を適正な対価なくして譲渡又は貸し付けることを議会の議決事項としたものであるが、右議決の性格は、議決された事項につき執行機関に対し一定の権限を付与するものではなく、右事項に対する地方公共団体の意思を決定するものであると解されるから、執行機関は、原則として議決事項の執行を義務づけられる立場にあり、したがつて、議会の議決に何らかの違法がある場合でも、右議決に従つたものである限り、執行機関による執行行為は地方公共団体との関係においては違法となることはないものというべきである。もつとも、執行機関は、議会の議決に重大かつ明白な瑕疵があつてこれが無効である場合には、当該議決に拘束されず、むしろ、これを執行してはならない義務を負うものであるから、それにもかかわらず当該議決を執行した場合には、当該執行行為は、地方公共団体に対する関係において違法性を帯びるものというべきである。

そこで、以下、本件議決に重大かつ明白な瑕疵が認められるか否かについて検討する。

三本件議決の瑕疵について

1  請求原因3(一)の主張(地方財政法八条及び地方自治法二三七条二項違反)について

原告らは、地方自治法二三七条二項の規定について、普通財産の無償貸付は、議会の議決による場合といえども、これを行政財産に準じて使用する場合又は対価を徴収することが公平の原則に反する場合に限り適法となるものであり、本件土地無償貸付には右要件が充足されていないので、これを可決した本件議決は、同項及びその基本にある地方財政法八条に違反し、違法無効である旨を主張する。

しかし、地方自治法二三七条二項を右のように解釈する理由はないというべきである。同項は、地方公共団体の財政の健全な運営を確保するため、地方公共団体の普通財産について、適正な対価によらない譲渡、貸付を原則として禁止する一方、地方公共団体が公共的施策の実施等公益上の目的のためその普通財産を無償又は特に低廉な対価のもとに譲渡し又は貸し付けることが必要な場合があることを考慮し、そのような場合については、条例又は議会の議決により、右禁止を解除して無償又は低廉な対価で譲渡又は貸付ができることとしたものであつて、右禁止を解除すべき場合についての一般的原則は条例で定めるが、臨時的なものなど条例の定める一般的原則によることができない場合については、個別的に議会において右禁止の解除の当否について判断のうえ議決することを当然予定しているものと解するべきである。したがつて、原告らの主張する場合以外でも、右禁止を解除することを相当と認める場合には、議会は無償又は低廉な対価による譲渡又は貸付を議決することができるのであり、これと見解を異にする原告らの右主張は失当といわざるを得ない。

2  原告らの請求原因3(二)の主張(本件土地無償貸付の不当性)について

〈証拠〉によれば、本件土地の無償貸付は、練馬区内に公的総合病院を誘致する政策の実現のための一施策として、公的病院の経営が困難であることに鑑み、右政策により誘致することとなつた本件病院の経営を援助する目的で実施されたものであることが認められる。

これに対し、原告らは、練馬区の財政状況(請求原因3(二)(1))、本件病院の採算性(同3(二)(2))及び無償貸付という援助方法の不当性(同3(二)(3))からすれば、本件無償貸付を実施する必要性はないから、本件議決は違法無効である旨を主張する。

確かに、適正な対価によらない普通財産の譲渡又は貸付は、公益上の必要がある場合その他特別の事情がある場合に限り認められるべきものであるが、右公益上の必要性等の有無についての判断は、議会の裁量に属するから、その判断に裁量権の範囲の逸脱又は濫用があると認められる場合に当該議決が違法となるというべきであり、そして、この裁量権の範囲の逸脱又は濫用が明白である場合にはじめて、当該議決が無効となるというべきである。しかるに、原告の主張するところは、練馬区の財政は公債費比率が高く、公債償還額が区の財政を圧迫している状態にあり、他方、本件病院は、練馬区の医療需要からすれば本件土地の無償貸付を受けなくても採算のとれる事業であつて、仮に経営が苦しくなつた場合にはその都度補助金を支出すれば足りるものであるから、本件土地の無償貸付は、練馬区財政の健全性を害するのみならず、本件病院を経営する練馬区医師会に不当に利益をもたらすものであり、また、本件土地の無償貸付は隠れた補助金の支出となつて区の予算の公正さ、明瞭さを害するものであるというのであるから、仮に原告の主張するこれらの事実が立証されたとしても、本件土地の無償貸付が、前記のとおり、練馬区内に公的総合病院を誘致する政策を実現するための施策として行われたものであることを考慮すれば、本件土地の無償貸付の公益上の必要性に関する議会の判断に裁量権の範囲の逸脱又は濫用があつたことが明白であるということは到底できないものといわなければならない。

そうすると、本件土地の無償貸付の不当性の故をもつて本件議決の違法無効をいう原告らの主張は理由がないといわざるを得ない。

3  原告らの請求原因3(三)の主張(議決手続の瑕疵)について

原告らは、本件議決が一部の政党の反対を押し切つて多数決でなされたことをもつて、昭和五九年一〇月になされた「本件病院開設計画に対する議会としての意見、要望及び問題点については十分に審議する」旨の議決に反するものと主張するが、しかし、一部の反対を残したまま多数決により議決がなされたことのみをもつて十分な審議がなされなかつたということはできないから、本件議決が右議決に反するとはいえず、原告らの主張は理由がない。

四以上によれば、本件議決自体に重大かつ明白な瑕疵があつたものとは到底認めることができないから、結局、本件議決に基づいてされた被告の本件土地の無償貸付は、練馬区との関係において何ら違法性を帯びるものではないというべきである。

五よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官山﨑恒 裁判官中山顕裕)

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